ゆみはりの

弓張の月にはずれて見し影の やさしかりしはいつか忘れん

言葉よりも伝わる想いをきみに/劇団壱劇屋 五彩の神楽『憫笑姫』感想その1

公演概要

note.com

物語の舞台は、⻑年に渡り近隣国との争いが絶えないとある国。 熾烈な戦いが続く国境とは違い、 その街に生きる⺠たちは平穏な日々を過ごしていた
幼い頃に母を亡くした姉妹、ミラとエラ。 姉のミラは親代わりとして、 自身の全てを懸けて妹のエラを育ててきた。
仲睦まじく暮らす姉妹はある出来事により、 揃って城へと召し上げられることに。 煌びやかな世界を夢見てやってきた二人を待ち受けていたのは、 憐れみの笑みを浮かべる貴族たち。
その中心に立つ王から剣を与えられたミラは、 有無を言わさず戦地へと送り込まれてしまうーーー

これは姉妹の物語。 姉は妹を守るため、戦旗を掲げ戦場に立つ。

https://t.pia.jp/pia/events/ichigekiya

公演日程

キャスト・スタッフ

  • 出演:西分綾香、三田麻央、牧田哲也、熊倉功、桜町たろ、竹村晋太朗、柏木明日香、黒田ひとみ、岡村圭輔、小林嵩平、丹羽愛美、長谷川桂太、日置翼、石川耀大、今中美里、古梨柚希、酒井翔悟、佐松翔、西岡亜衣、舩澤侑花
  • 作・演出・殺陣:竹村晋太朗(劇団壱劇屋)
  • 衣装デザイン:植田昇明(kasane)

公演感想

※ネタバレを含む内容になります。ご注意ください。

かき乱される情緒(推し定点カメラからの感想)

この夏でいちばん熱い1週間が終わりました。
休演日なしの7日間11公演、まさか自分が6日間6公演通うことになるとは思わなかった……初日の帰り道、池袋駅に着くまでの間にぴあで翌日の公演のチケット購入してコンビニで発券するとか、昼過ぎに予定が変更になったので急遽15時からの公演観るため電車に飛び乗って当日券で入るとか、初めての経験ばかりでした。
円盤化されないという事情を差し引いてもなお、これは観られるだけ、事情が許すだけ観ておかねばならぬという思いにかられた公演だったのです。

推しは、ポジションで言えば悪役でした。
見初めた娘を王妃として戦場に送り込み、自分の代わりに戦わせる、という「ちょっと何言ってるかわからない」としか言いようのない仕打ちをする王様の役です。
でも、悪役だってわかっていたはずなのに、初見では脳がそれを理解することを拒否して情緒がぐちゃぐちゃになりました。

だって!
だってなんであんなに優しい表情をするの!?

主人公である姉・ミラを召し上げる時、王・サミュエルは跪いて手を差し出すのです。姉は最初、妹が見初められたのだとばかり思うのだけど、王様はミラだけを見つめているので姉も妹もすぐに気づくのです。
彼が求めているのが、姉だということに。

その時の王様の横顔がたまらなく美しくて、そしてミラの手を取り求愛のダンスを踊る時の瞳がどうしようもなく優しくて、去り際に彼女に向ける視線がこの上なく愛おしそうで。
悪王じゃないじゃん……王子様じゃん……こんなん腰砕けるわ……とぽやぽやしてしまったのですが。

なんで次の瞬間、表情消えてるのーーー!?
貴族たちに自分の妻になるはずの女を嘲笑されても、ただ見下ろすだけの王様。
なんなん? なんなんほんと。
ここからが本番です、と言わんばかりにあらゆる手段で姉妹を傷つけ、追い込もうとしてくる王様。
無表情で、冷たい眼差し。その瞳、ハイライト出し入れ自由なんですね……。
王様が何を考えているかわからなすぎて、公演期間中、ずっと王様のことばかり考えていました。もはや恋。

側近・モールドを使ってミラの顔を斬らせ、心を折ろうとする王様。覆面をして顔を隠していたのに、妹・エラの目の前で下手人の証拠である包帯を見せつける側近。
主が性悪なら、従も性悪かよ! クソクソのクソじゃん! でも二人とも顔は最高だな!!!!!
と、その瞬間。

悔しそうに唇を歪め、下を向いていた妹が王様を見据え、拳でバコーーーーン!!!
よくやったーーーーー!!!!!

思わず心の中で喝采をあげました。
ええ、殴られたの、推しです。推しですけど、ガワは王様なので。
だから心底スカッとしてしまいました。はい、ここからわたしの情緒がおかしくなるよ!(合図)

徐々にあらわになる怒りの表情を浮かべ、王様は姉妹と、彼女らに付き従う女官たちを追わせます。
そして、追手を止めようとする騎士団長を側近と共に痛めつけます。命を下すだけでなく、王様みずからボコりに行く姿。悪すぎ。悪すぎなのに、正直、めちゃくちゃかっこいい……。
思いっきり振り抜く剣の重さ、思わず出る拳、そして、繰り返される蹴り。この蹴りが本当に、本当に、凄いんです。
「王様は足癖が悪い殺陣をします」っていう前情報はあったものの、ここまでとは思わなかった。顎を砕く勢いで蹴り上げる勢いと、殺意に満ちた表情。
だんだんと血が通ってきている感じがして、ウワァ……ってなっちゃう。

↓こちらの動画で雰囲気が伝わるかと思います。
www.instagram.com

さらに、ミラとの一騎打ち、からの師弟戦、女官たちも加わっての乱戦。
ものすごい運動量でしんどいはずなのに、王様ってばめちゃくちゃ楽しそうなんです。瞳がキラキラしてるの。命を削り合う戦いを通して、愉悦を感じているかのよう。
ニヤァ……って笑うのがまたラスボス戦に相応しすぎて客席のわたしは毎回瀕死になりました。

ミラやエラたちを応援したいわたし
vs
王様の感情をわかりたいわたし
vs
推しの鬼気迫るかっこよさに震えているわたし

牧田哲也オタクのMAGIシステムは焼き切れ寸前です。でもまだ死ねない。

騎士団長が命を投げ打って全身で王様の剣を止め、抜けないよう押さえつけている間に、ミラが団長の剣を拾い、王様を斬る。
週刊少年ジャンプだったら見開きセンターカラーのこのシーン。
ほんの数秒のことなのに、スローモーションのように鮮やかな記憶として残っています。
噴き上がる血飛沫が見えるんですよ。そして、返り血を浴びたミラが壮絶なまでの美しさを持って一人立っている。

すでに事切れている団長。倒れて血を流す王様。上下する腹の動きに、戦いの激しさを思いました。
幼な子のようにわんわん泣いて団長の死を悼むミラ。ああ、やっと一人の女の子として思い切り泣けたんだね……とこちらまで泣いてしまう。そう、この瞬間、王よりミラを思って泣くんですよね、わたしは。推し(のガワ)が死んでるのに。
だから本当に情緒がぐっちゃぐちゃで、毎回めちゃくちゃ体力気力を消耗しました。

刀ステ无伝の時も毎回クライマックスで泣いて、それはそれでしんどかったのですが、あくまでその時は「迎えなければならなかった結末」に泣いていたんですよね。
でも、憫笑姫では「迎えた結末によって与えられた解放」に泣いてしまったんです。
この違い、伝わるでしょうか……?

なんていう脚本と演出をしてくれるんですか、竹村さん。
そして、なんという芝居をしてくれるんですか、牧田さん。
こんなん、チケット増やすしかないでしょ……。


ここからは、オタクのうわ言(ここからも?)なんですけど、牧田哲也さんという方は、演じる上での説得力を持たせるためにたくさんのことを思索される方だと思っています。
『王様はただ立っているだけで怖い』と言われているけれど、その「だけ」は「だけ」じゃなくて。サミュエル・ランカスター・ウィリアムズならこの時どう立つか、ということを考え抜いた上での結果なんですよね。

自分は憑依型の役者ではなく、そこからいちばんかけ離れたところで常に考えながら演じている、というニュアンスのことを以前お話しされていて。
だから劇中で王様が笑うのも、王様を演じている牧田さんが笑っているのではなく、王様ならここで笑うだろうという解釈のもと笑っているのだと思います。
『スワンキング』の時も、「この時のルッツはこういう考えでこう演じていた」というのを後から振り返っていらしたのですが(公式Instagramの投稿参照)、サミュエル王もかなり練って作り上げられたのだと思うと、その意図を読み解きたくてぐるぐる考え続けてしまったのです。結果、ファンフィクションまで書いてしまう始末です…沼が深い。

いずれ牧田さんの口から語っていただける日が来るのではないかと期待していますが、自分がどこまで受け取れることができていたのか、非常に気になります。

ワードレス殺陣芝居というかたち

というのも、憫笑姫は「ワードレス殺陣芝居」なので、セリフは一切なし。叫びや泣き声、笑い声のみの芝居なのです。
セリフがないということは、どんなやりとりが交わされていたのか、そしてそこにどんな思いが込められていたのかは観ている側の想像に委ねられているということでもあります。

わたしも壱劇屋さんの公演を観るのはこれが初めてだったので、ちゃんとついていけるか心配だったのですが、開始数分で「わかる……わかるぞ!」となりました。
例えるならば、脳内で字幕が出されている感覚です。
なので、物語の大筋は初見で把握することができ、ストレスなく観ることができました。
殺陣芝居と銘打っている通り、殺陣も芝居も偏りなく練り上げられています。

けれど。けれど王様のことだけが、いつまで経ってもはっきりと「これだ!」とわからなかった。
それは、単純な「悪」としては演じまいという牧田さんの思いもあったのではないかな、と勝手に想像しています。
戯れでも、享楽のためでもなく。もっと深く、昏く、強い感情を底に抱きながら姉妹たちを観察しているようにわたしには見えたので。


『憫笑姫』は「五彩の神楽」という五部作の一作目として、5年前に初演されています。その時、王を演じたのは末満健一さんでした。そう、刀ステの末満さんです。
竹村さんが脚本・演出された憫笑姫に末満さんが出演し。末満さんが脚本・演出された刀ステ无伝で竹村さんと牧田さん&熊倉さんが共演し。そして、今回の憫笑姫再演へと繋がっていったのです。エモい。

わたしはまだ初演を観ていないのですが、初演と再演の両方を観られた方々の感想を読む限り、かなりお二人の王様の演じ方は違うようでした。
同じ脚本でも、脚演側の目線も入れていた末満さんと、役者としての解釈を究めた牧田さん。違う経験やアプローチを重ねてきたお二人ですから、違って当たり前なのだと思います。あえて違う道を行こうという力みなどはなく、自然な結果だったのでしょう。

このあと初演を観るつもりでいますが、同じようでまったく違う物語を楽しめることを幸せに思います。
そして、竹村さんが「ワードレスという形式だからこそ、みんなそれぞれの余白を楽しめるように」という配慮をしてくださっていることを、嬉しく思います。

もう少し続きます

あまりにも王様について語りすぎ……他の出演者の方についても色々話したいことがあるので分割します!
次の更新はキャストごとの感想を中心にお送りする予定です。