ゆみはりの

弓張の月にはずれて見し影の やさしかりしはいつか忘れん

踏みつけられた痛みを癒やして/劇団壱劇屋 五彩の神楽『心踏音』感想

公演概要

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とある集落に一人の男がいた。
何をするでもなくぼんやりと日がな一日を過ごす。
男は、生まれた時から目が見えなかった。

幼馴染に連れられて集落を出た男は、ひょんな出来事から一人の女と出会う。
自警団を束ねる長の娘として寵愛されている彼女は、生まれた時から言葉を発することができなかった。

互いの隙間を埋め合うように交流を深めていく男と女。
女の踏む足は声となって男に届き、男の耳は目となって女を見つめた。

平穏で、眩しくて、愛おしい日々。
それはこれからも続いていくものだと、信じていた。

これは男女の物語。
光を奪われた男は、復讐の修羅となる。

https://t.pia.jp/pia/events/ichigekiya

公演日程

キャスト・スタッフ

  • 出演:吉田青弘、トクナガヒデカツ、今中美里、竹村晋太朗、長谷川桂太、岡村圭輔、柏木明日香、西分綾香、丹羽愛美、日置翼、石川耀大、黒田ひとみ、八上紘、奥住直也、熊野ふみ、鈴木亮吾
  • 作・演出・殺陣:竹村晋太朗(劇団壱劇屋)
  • 衣装デザイン:車杏里

公演感想

※ネタバレを含む内容になります。ご注意ください。

ハンディキャップを抱えて

『心踏音』は、『憫笑姫』とも『賊義賊』ともまた違ったベクトルの作品でした。
光を知らない盲人と、声を失くしたフミ。二人とも、戦わずにここまで生きてきた人間でした。そして、それは彼らが選択したわけではなく、自らの境遇によって選ばざるを得なかった生き方だったのです。
インクルーシブや多様性など、マイノリティが排除されない仕組みづくりや意識の浸透が進む昨今ではありますが、彼らの生きる時代はそれとは無縁で。
人に嘲られ、遠巻きにされ、それでもなお生きていかなくてはならない二人。虐げられる様子に、心がキュッとなりました。

けれど、盲人は笑人の導きによって、そしてフミは盲人との出会いによって、変わっていくのです。
ハードモードな人生であっても、誰か一人でも、全力で自分のことを必要としてくれる人が、守ろうとしてくれる人がいること。それだけで、強さに変わっていくのだなあとしみじみ思いました。わたしも、誰かのそんな存在でありたいし、そういう存在がそばにいてくれることに改めて感謝していきたいです。

かけがえのない時間

盲人が笑人とともに自警団に入り、稽古に励む。それをそっと見守るフミ。
フミと一緒に洗濯物を干す盲人。顔を合わせて微笑み合うふたり。
あたたかで、優しい空気が流れていきます。

フミが足音という形で盲人とコミュニケーションを取ることができるようになり、ふたりの生活はそれまでより少し明るいものとなりました。
少しずつ、コミュニティにも溶け込んで。少しずつ、周囲にも受け入れられて。
ずっとこんな穏やかな時間が続けばいいのに、と思わずにはいられません。

けれど。
けれど突然に、それは終わりを迎えました。

フミの死をもって。

違和感、からの驚愕の

フミを救えなかったことを悔やみ、盲人は自らの目を抉ろうとします。
そこに鳴るのは鈴の音。盲人を快く思っていなかった男、鈴人のいつも持っていた鈴の音でした。
しかし、その鈴をいま持っているのは鈴人ではなく――フミの父である、岳人だったのです。

どうして?
どうして岳人が鈴を?
なぜ、盲人を挑発するようなことをする?

観客席で観ていたわたしはたくさん浮かぶ疑問符に溺れそうでした。
フミとの仲にやきもきしつつも、岳人は盲人のことを認めていると思ったのに。
ボロボロになりながらも何度も何度も岳人に挑む盲人の姿が痛々しく、もう止めてほしいと何度も思いました。

けれど、ある瞬間にその疑問は解決へと向かいます。

そして、舞台上の人々の動きが変化しだします。
それが「逆再生」だと気づくのに、時間はかかりませんでした。

某映画で観たやつじゃん〜〜〜!!!!!

なにこれすごい。
映画は撮り直しが利きます。編集もできます。
けれど、これは舞台です。いまここで演じていることがすべてです。
生で逆再生をやる、勇気。そして演者の実力。もう3作品目なのに、まだまだ新しい要素で驚かされるのすごすぎる。
ただでさえハードな殺陣の連続なのに、逆再生、からの再生。体力おばけの集団ですか???

実は公演期間に初演の『心踏音』が無料配信されていたのですが、「会場に来るなら絶対再演を観てから初演を観て!」という識者の呼びかけに納得しました、この瞬間。
この驚きは、最初の1回でしか得られないもの。
ミステリは、魅力的な謎と華麗な展開によって、よりその価値が高められると常々思っているわたし。
逆再生を行うことで「なぜフミは死んだのか?」「なぜ岳人は鈴を鳴らしたのか?」の謎がよりわかりやすく、よりドラマチックに解かれました。たまらないカタストロフィーの快感。脳内麻薬ドバドバ出ちゃう。

優しさだけでは救えなくとも

けれど悲しい結末に変わりはなくて。

盲人を生かすために鈴を鳴らし続け、死んだ岳人。
岳人に託された鈴を鳴らしつつも、終わらせることを選んだ笑人。
親友に狂気を止められ、すべてを知った後で息絶えた盲人。
盲人の亡骸を抱え、慟哭するフミの魂。

誰もがみな、互いのことを優しく想い合った結果の悲劇でした。
この時点でわたしはすでにうるうるしていたのですが。
最後、すべてのしがらみと障害から解放された盲人とフミが再会するシーンで決壊しました。

フミが見える盲人。盲人に声をかけられるフミ。

悲劇をただ、悲しいだけでは終わらせることなく。
天国で二人はいつまでもいつまでも、幸せに暮らしましたとさ。
そう思わせるラストで締めくくる竹村さんもまた、とても優しい方なんだろうなあ、と思いました。


と、またしても公演終了から間が開いてしまいましたが、『心踏音』は悲しくも優しい素敵な作品でした。
全編を通して、主演のお二人のやりとりがかわいかったのが印象的でした。

そして五彩の神楽第四弾『戰御史』も昨日から始まっています。
今度の主演二人もある意味かわいいけれど、はちゃめちゃにかっこいい!
どこまでも続く殺陣による、謎めいたフェス。
今からでもチケット取れるので、ぜひぜひ会場へ!
劇団壱劇屋五彩の神楽『戰御史』チケット販売ページ(ぴあ)