ゆみはりの

弓張の月にはずれて見し影の やさしかりしはいつか忘れん

夢は美しく切なく輝く/ミュージカル『スワンキング』愛知公演感想

東京公演の感想はこちら。
yumiharino.hateblo.jp

公演感想

※今回もネタバレを含む内容になります。ご注意ください。

会場の良さ

刈谷市総合文化センター、ペデストリアンデッキ直通で駅からのアクセスがまず最高。悪天候でも濡れずに行けるの、すごくありがたいです。
また、天井が高く、音の響きが良い。座席の段差がしっかりあり、見やすい。その上、椅子もふかふか。こういう快適な会場で腰を据えて観劇できるのは何よりの喜びです。しかも、地元民も足を運びやすいように駐車場料金が4時間無料。優しすぎてアイリスのオタクになってしまいそうでした。
公演を重ねていることもあるでしょうが、歌詞もとても聴き取りやすかったです。それだけで解像度が上がる。

鷹とかもめの意味

劇中、エリザベートは黒の衣装と白の衣装とで登場するのですが、白の衣装のエリザベートは実在する彼女ではなく、ルートヴィヒ2世の想像世界に住まう幻想のすがたなのです。それは最初からわかってはいたのですが、今回新たに気づいたことがありました。
白シシィは「私たち二人、まるで鷹とかもめのよう」と歌うのですが、わたしが読んだ文献ではエリザベートルートヴィヒ2世のことは「鷲」と呼んでいたはずなのです。そして王は彼女のことを「かもめ」と呼んでいた。だから、東京公演の感想では「鷲とかもめ」という表現を使いました。

しかし、さらに調べて見たところ二人の間に交わされた手紙の中で、ルートヴィヒ2世は「鷹」、エリザベートは「鳩」とそれぞれ署名していたと。
そこでようやく納得したのです。このシーンの主観はあくまでルートヴィヒ2世。彼から見える世界では「鷹(自分)とかもめ(シシィ)のよう」と歌うのが自然なことなんだと。
そこから白シシィとのやりとりが今までと少し違って見えるようになりました。

夢は何のために

ルッツに「ワーグナーの支援をしたいなら、築城は3つとも諦めてください」と現実を突きつけられ、沈むルートヴィヒ2世。そこに現れた白シシィが「あなたはなぜ国王として夢を持とうとしたの」と問う場面。
ここもまた、王から見た――否、王だけが見た世界なのでしょう。

その頃のルートヴィヒ2世にとっては、疎ましい現実世界はもはや不要なものに成り果てていたのです。王として期待される振る舞いは、自分の意に背くものでしかなかったのですから。
だからこそ、国の行く末など考えず、行けるところまで突っ走った。

城も作る、劇場も作る、ニーベルングの指環も4部作連続で上演する。ワーグナーの作品世界を世に広げていくために。
オットーが精神を病み、他に自分の後を継げる者がいないなら、ヴィッテルスバッハ家の存続など彼にとっては些末なこと。
それよりも情熱のままに夢を叶えることこそが、バイエルン国王になるべくして育った彼の使命だった。


あくまで、ルートヴィヒ2世の中では。


冷静に考えれば、ルッツブチ切れも止むなし、ですね。だいたいプロイセンドイツ統一しちゃった時点でバイエルンは国として揺らぎっぱなしなわけじゃないですか。
皇帝書簡のおかげでビスマルクから多少お金を引き出せたとはいえ、焼石に水状態だったはず。

むしろよくあのくらいで済んだなって思います。
実はルッツ、強靭な自制心と胃腸の持ち主だったのでは??

時系列から見るルッツの変化

ところで、ルッツってあのとき何歳くらいだったんだろう?とふと思ったので、今更ながら簡易的な年表にしてみました。
※詳細な月日が確認できない出来事もあったため、1月1日に年を取っている形式で計算しています。そのため、満年齢と相違がある場合があります。

スワンキング年表
スワンキング年表(簡易)

つまり、1826年12月4日生まれのルッツは初登場時37歳だったというわけです。わたしは30代前半くらいだと思っていました。
え、あんなににこにこ踊ってかわいい37歳いる!?と一瞬驚いたのですが、演じている牧田哲也さんが6月7日に38歳になったばかりなんですよ。
大丈夫、いますね。
かわいい37歳(38歳も)は実在しています。

ワーグナーミュンヘン追放が招聘の翌年というのも改めて見るとスピード感がすごい。
即位が1864年3月、『トリスタンとイゾルデ』上演が1865年6月、追放が同年12月なのでふたりの完全なる蜜月は1年半と少しといったところでしょうか。
追記:ルートヴィヒ2世ワーグナーが初めて対面したのは1864年5月3日、ルッツが追放命令をワーグナーとコージマの前で読み上げたのが1865年12月6日とのことです。(出典:「ワーグナーの妻コジマ」ジョージ・R・マレック著・伊藤欣二訳/中央公論社

その間にルッツはルートヴィヒ2世に気に入られ重用されるも、プフォルテンらの画策で遠ざけられ、法務局から最高裁判所への出世コースに乗っていたわけです。そしてクールなメガネ男子へと変貌を遂げた、と。

推し活にお金を溶かし続けるルートヴィヒ2世に「はぁ!?」と心から呆れ、ガチ切れあそばしていた頃にはアラフィフ。おヒゲも伸ばしてナイスなメガネ紳士です。
そのまま首相へと駆け上がり、王の退位を口にする頃には還暦間近。いい枯れ具合です。

こうやって時系列を追っていくと、作中では描かれていない間のあれそれに思いを巡らせやすくなりました。
と同時に、年を重ねても変わらないルートヴィヒ2世のふわふわ感がより際立ちます。
ワーグナーの劇場に支援するならお城は全部諦めてくださいね!」「両方やるって言うなら民衆に見捨てられますよ!」と臣下に叱られ、「それは……いやだなぁ」とつぶやくアラサーの王様……。

いつかを望めば

しかしながら、実際に劇場で苦悩し、もがく姿を観ているとどうしてもルートヴィヒ2世には感情移入してしまうんです。彼の孤独もまた、伝わってくるから。
だから、「今回こそは夢が叶ってほしいな」という詮のない望みを抱いてしまう。往年のテニミュファンの皆様のように。

バイロイト祝祭劇場で上演される『ニーベルングの指環』4夜連続公演。鳴り止まない拍手と、誇らしさに満ちたカーテンコール。
それは、ルートヴィヒ2世だけではなく、彼の生涯を思い慕う我ら観客も共に見る「夢」なのかもしれません。
白鳥王が求め、焦がれ続けた世界が多くの人に理解され、祝福された瞬間なのですから。

それ故にこんなにもラストシーンに泣けてきてしまうんだろうな、と思いながら刈谷を後にしました。
素敵な夢を見せてくださったカンパニーに、改めて感謝いたします。

残り3公演、誰一人欠けることなく完走されることを祈っています。
これはルートヴィヒ2世を演じた橋本くんが愛知公演千秋楽で語った夢でもあります。
今こそ、国王の夢が叶えられますように。


行こうか迷っている方はぜひ、福岡へ。
夢が夢でなくなる瞬間を見届けてください。

次回予告

本エントリの最後に綴る予定だったお話を、独立させてひとつの記事とします。
その名も、「ミュージカル『スワンキング』から考察する令和の推し活」です。
「推し活」における、オタクと運営の双方のスタンスについて考えていくつもりです。
近日中に公開する予定なので、よかったらこちらもご一読いただければ幸いです。