ゆみはりの

弓張の月にはずれて見し影の やさしかりしはいつか忘れん

怪奇は作られる/柿喰う客『禁猟区』感想その1

公演概要

kaki-kuu-kyaku.com

理不尽極まる無差別殺傷事件が発生した人気商店街「ちぎり通り」!
異常な地元愛を抱く繁盛店の勇者たちは禍々しい厄災に立ち向かう!
劇団「柿喰う客」が年の瀬に放つ新作公演は総勢21名による狂騒劇!
熱き血潮がほとばしるパニック・アクション・エンターテイメント!!

禁猟区│柿喰う客

公演日程

  • 本多劇場:2022年12月22日(木)~30日(金)

キャスト・スタッフ

  • 出演:永島敬三、大村わたる、牧田哲也、加藤ひろたか、田中穂先、守谷勇人、とよだ恭兵、村松洸希、中嶋海央、佐々木穂高、田中廉、山中啓伍、原田理央、長尾友里花、福井夏、淺場万矢、今井由希、北村まりこ、齋藤明里、永田紗茅、沖育美、中屋敷法仁(12月22日〜25日の大村わたる/27日の田中穂先の代役として出演)
  • 作・演出:中屋敷法仁

公演感想

※ネタバレに抵触する内容になります。ご注意ください。

不穏に次ぐ不穏

胸がざわつく不協和音、何かが割れる音*1
そして、幕が上がる。
幕が上がるなり嘔吐する肉屋、真顔の花屋、突っ込む美容師。
のっけから穏やかではない。

どうやら、死体が、そこにあるらしい。
それも、バラバラらしい。
しかも、外から入り込んだ人間のものらしい。

バラバラから始まるミステリー。人は胸に悲しい謎を隠して生きている。

と、思いきや、「はりきってどうぞ!」という声かけと共に、商店街の面々のコールが始まって面食らう。
平日ランチ900円、ハウスワインがワンコイン、ふわとろオムライス1300円……めまぐるしく変わるポジション、蠢く人々、禍々しさと陽気さが交互に訪れる。
ちぎり通りを挟んで、10ずつ並ぶ、20の店舗。誰も彼も一癖も二癖もありそうな面々。

そこに加わろうとする異分子。
ちぎり通り商店街の出店を目指して足繁く通う少女、「清香ちゃん」。
清香ちゃんが関わっていくことで、人間関係が少しずつ見えてくる。変化していく。恋、依存、裏切り、恨み、反抗。
彼女の目的は出店だけではなく。
一年前、不審死を遂げた父親の死の真相を暴くためだった。

ぎゅうぎゅうで、うねうねで、ぐるぐるで

と、こんな感じで始まった『禁猟区』。上演時間75分というのが信じられないくらいぎゅうぎゅうに詰まった濃密な公演でした。
言葉のシャワーを浴びて、いつしか流れは渦になって、呑み込まれて溺れかけて。
その中でふっと流れが止まる瞬間があり、うねりから突然放り出されたような感覚が心細くて、けれど癖になる怖さで。
ニゾンと掛け合いと、独白とで展開されていく過去のトラウマと現在の怪奇のコントラストがどぎついくらいに鮮やかでした。

開放的なようでものすごく閉塞的な商店街。
清香ちゃんを拒絶するために、あの手この手で妨害作戦。
よそ者に入り込まれるよりはと、意に沿わぬ婚姻も何のその。
人と人とを結びつけ、強い縁を結ぶというちぎり神社のご利益をゴリゴリに利用して、時にはえげつない最終奥義も繰り出して、何やかんやと奮闘します。

しかし、彼らも一枚岩ではなく。
ワケあって商店街の連中が嫌いなカリスマ美容師・放哉が清香ちゃんを商店街に引き込み。
妖しい魅力の古式マッサージ店主・禍乱がゴッドハンドを振るい。
カオスと活性化を狙う脱サラOL・恩美が雀荘を提供し。
晴れて清香ちゃんは商店街の一員に。
亡き母の夢だったという和カフェ経営。
これであとは亡き父の無念さえ晴らせば万々歳。けれど、そうは問屋が卸さない。

なぜなら、「アレ」と呼ばれて恐れられ、同時に崇められている存在が、彼女の背後に忍び寄って来たからです。
散る花びら、明滅する電球。
引っ張られる腕、折れる骨。
再三の制止を振り切って一歩踏み出した先には、悲鳴とパニック渦巻くイニシエーション。

一人、また一人と倒れていく商店街の面々。
やがて清香ちゃんもまた、「アレ」――チギリサマと対峙することに。
痛みと共に薄れる意識、ふと触れたぬくもり、目を開ければ広がる絶望。
彼女が記憶の奥底にひた隠しにしていた過去は、瞼の父とは遠くかけ離れたものでした。

真実を突きつけられ、悲痛な叫びを上げる清香ちゃん。
商店街を訪れた頃の獣のようなギラギラ感は鳴りを潜め、パンツどころかすべてを剥ぎ取られそうな恐怖に震える様は、ひどく幼く見えて。
そこに寄り添うのは、かつて同じように父を喪った男でした。

初めてこの展開を観たとき、「え、そいつでいいの?」と思ったのですが、何度か観劇を重ねるうちに「実はこの人が一番、根っこの部分はまともなのかもしれない……?」と思うようになりました。
奔放でいい加減なように見えていたのは商店街への反抗心と、人生への投げやりな感情の結果で。
少なくとも小さな世界の秩序を守るために、個人の気持ちと命とを無視するような人間ではないのだな、と。
「仕方がない」と思考停止できなかったが故の苦しみを、彼は味わってきたのでしょう。
そう思うようになってから、清香ちゃんとの掛け合いのシーンがとても好きになりました。

けれど、結局彼も、彼女も、商店街からは離れなかった。
それもまた、チギリサマの力なのでしょうか。それとも。
――わたしは、二人がすべてをあるがままに受け入れた結果の選択だと思いたいです。
強く楽しく慎ましく、激しく生きるために。

謎が謎を呼ぶ

とはいえ、結局のところ、何も変わってはいないんですよね。
清香ちゃんが商店街の一員として、受け入れられただけ。

商店街のメンバーは狭いコミュニティの中でくっついたり、離れたりを繰り返す。
あまりに目に余る人間は、制裁される。
彼らはそれを、神の思し召しとして受け入れる。

チギリサマは確かに実在する神様だけれど、「アレ」と呼ばれるうちに、余計な現象までもがチギリサマという概念に組み込まれるようになって。
それはまるで水木しげる荒俣宏京極夏彦の系譜。
名前を持たない異形のものが、形を持たない怪奇現象と結びついて妖怪という文化になったように。
不思議な死体はすべて、チギリサマに裁かれたものとして処理されていく。

真実を知っているのは清香ちゃんと、あの姉弟だけ。
そしてわたしたち観客がまだまだ知らない謎が、ちぎり通りには潜んでいる。

そう思ってリピートしていくうちに、禍乱さんと極くんの表情が、他の人たちとズレている瞬間に気づきました。
てんとう虫のサンバ」の練習では死んだ目で。
パニック状態のときには生き生きと楽しそうに。
そのズレに、たまらなくゾワゾワしてしまいます。

他にも、メインのお芝居をしている後ろで繰り広げられるサブのお芝居も興味深くて。
毎回、違った発見・違った楽しみがありました。
21人のキャスト、みんな観たくて目が足りなくて。
乱痴気含め現地で7公演観て、配信もヘビロテ。
配信期間が終わってしまった今も、様々なシーンが脳内で再生余裕なくらい、記憶に刻み込まれた舞台でした。

本公演以外の感想

柿クリパ

『禁猟区』、毎公演後にアフタートークが必ずあって、色々なキャストのお話が聞けるのも楽しみでした。
初日から永島敬三さん(a.k.a シンガーソングライターゾウケイちゃん)に無茶ぶりで即興ソングを歌わせる福井夏さん、というパンチの効いた回だったのも、インパクト大。
そういえばあの動画、どうなったのでしょうね。

そして、12月24日の夜公演は、本公演のあとに柿クリパなるイベントが開催されました。
禁猟区ワンシーン撮影会(静止画も動画も撮影OK/SNS投稿もOK)、さらに柿喰う客過去作品ちょい見せ上演会という大盤振る舞い。
ワンシーンといっても、冒頭〜「クソみてえにしょぼい商店街だ」までですよ。ものすごいボリュームですよ。

「ねえ、なんのためですか」「マスターのそういうところ好きじゃないです」
「ねえ、なんのためですか」「マスターのそういうところ好きじゃないです」

おかげでわたくし、大好きなシーンのひとつ、美登ちゃんとマスターのやりとりを自分のiPhoneに収めることができました。ラブ。
さらに、SNS投稿OKのおかげで他の方が撮った写真や動画を堪能することもできて、ありがたい限りです。

ちょい見せ上演会も全然ちょい見せじゃなくて、こんなに見せてくれるの!?と嬉しい悲鳴。
禁猟区公演直前に『天邪鬼』『いまさらキスシーン』『八百長デスマッチ』『美少年』の4作品の無料配信も追加されたおかげで、予習も捗りました。
エモい組み合わせも多々あり、このキャストで再演してほしいぜ……などと夢も広がります。

個人的には『初体験』でケンちゃんを海央くんが演じていたのが最高にエモかったです。
『初体験』の乱痴気も観たかったなあ。
余談ですが、中屋敷さんが公演前に語っていた乱痴気構想ではケンちゃんは廉くんだったんですよね。それもエモい。

ちなみに牧田さんは万矢さんと『美少年』。牧田さんが穂先さん、万矢さんが敬三さんの役でした。
前にならえをしている姿から始まって「あれは!」とすぐにわかったので、予習しておいて本当によかった!
シガーバーでのやりとりが、お二人の雰囲気にハマりすぎるくらいにハマっていて、にまにましちゃいました。

過去作品、まだまだ未視聴のものもたくさんあるので、観られるものはどんどん観ていきたいな、と思っています。
もちろん、会場で販売していた『滅多滅多』のDVDは購入済です。

乱痴気公演

柿喰う客の公演では時折「乱痴気公演」と呼ばれる、全配役をシャッフルして上演する回があります。
もともとは他人と自分のセリフを深く理解するための試みから始まったらしいのですが、正直なところ、正気の沙汰とは思えないハードな企画だな、と思います。
本公演(本痴気とも呼ばれます)のセリフだけでも膨大な量なのに、それに加えて乱痴気の役のセリフも覚えて、公演期間中に通し稽古とゲネプロをして。
観客としてはめちゃくちゃ楽しみでしたが、キャスト側のことを考えるとかなりのアレだったことが推測できます。
特に、今回は柿クリパもあって、3種類のセリフを覚えなきゃいけないという狂気の沙汰。

でも、やっぱり楽しかった!!!

この役をこの人が演じるとかなりイメージ変わるな、とか。
この役のビジュアルのこの人も、最高じゃん?とか。
もうずっとニマニマしながら観ていました。マスクのある世の中で良かった。

特に乱痴気で印象に残った方を3人あげるとするならば。
清香ちゃん役の福井夏さん・苅田さん役の牧田哲也さん・蓮花さん役の淺場万矢さん……かなあ。
みんな凄くて選ぶのも大変でしたが、本役とのギャップという点で選びました。

夏さんの清香ちゃんは、登場シーンからざわつきと笑いが漏れるくらいの禍々しさ。でも、あどけない少女の純粋さも同時に存在していて。
色々な顔を持った方なんだなあと、更に沼を感じました。

牧田さんは、生々しさと気持ち悪さが最高でした(褒めてます)。
恭兵さんの苅田さんはちゃんと成人男性に見えるのに、牧田さんの場合は小学生男子に見える不思議。
全力でオギャー!からのハイハイ、たまらない。あれをまったく照れることなく全力でできるところが、牧田さんの魅力でもあると思います(推してます)。

そして、万矢さん。
かわいくファンシーなお花屋さんなのに、時折繰り出すドスの利いた声にやられました。
サイコパス方向に振り切っている表情も凄いし、メイクはふんわりかわいいし。

柿クリパと乱痴気公演を経ることで、この人が演じる違う役も観てみたいな、と思い始めて箱推しが止まりません。
分身したい。

柿新忘年会の話

そして大千穐楽のあとには柿新忘年会。
商店街の並びで、敬三さん→牧田さん→アカリンさん……と次のメンバーについて次々コメントしていくのが胸アツでした。

特に、ひろたかさんと穂先さんの同期の絆みたいなものが垣間見えたのが良かったです。
牧田さんいわく「いつもイチャイチャしてる」二人を繋ぐ一万円貯金。
とはいえ、俳優は続けていただきたいと思います。
わたしはいつかお二人の『八百長デスマッチ』フルバージョンが観たいのです。

最後にキャスト全員で記念撮影を行って、本当に本当におしまい。
中屋敷さんも本当に本当にお疲れさまでした。
あー楽しかったな!と思いながら、めこちゃんの年賀状をいただいて劇場をあとにしました。

大学時代ぶりに来た下北沢、だいぶ様変わりしていて最初は面食らいましたが、通ううちに乗り換えも上手になりました。
壱劇屋さんの公演期間とほぼほぼ重なっていたので、池袋⇔下北沢でマチソワ間を移動する日もありました。
個人的にはなかなかにハードな日程でしたが、最後まで完走できて本当によかったです。

きっと、何年経っても忘れない、最高の年末を過ごすことができました。

次回予告

ここまでで5,000字超えてしまったので、キャスト別の感想などは別記事を立ち上げます。
まだまだ語りたいことがあるんだ!

*1:のちにこれは、白熱電球が明滅し、割れる音だとわかる