ゆみはりの

弓張の月にはずれて見し影の やさしかりしはいつか忘れん

記憶は胡乱、記録は混沌/劇団壱劇屋 五彩の神楽『戰御史』感想

公演概要

note.com

ザッ ザッ ザッ ザッ
地面を蹴り進む音が鳴り響く
列を成した分隊が進軍している姿が見える


ザーッ ザーッ ザーッ ザーッ
降り始めた雨によって地面がぬかるんでいく
雷鳴が轟く音が聞こえる


行軍から一人はぐれた男が
雨風を凌ぐため古びた屋敷へと辿り着く
室内は薄暗く 床に散乱した”何か”が時折 稲光に照らされる
訝しむ男の元に 燭台を手にした男が現れる


ゆらめく蝋燭の炎を挟み 相対する二人の男
男はその男に見覚えがある、ような気がした
男が一本の刀を指差し 導かれるように男が拾い上げる


ザザッ ザザッ ザザッ ザーーーーー
ここで男の意識は途絶えている
混濁する視界の中で 蝋燭の男が笑っているのが見えた


これは戰場の物語
この記憶の主は、果たして

https://t.pia.jp/pia/events/ichigekiya

公演日程

キャスト・スタッフ

  • 出演:岡村圭輔、小林嵩平、野口オリジナル、佐藤有、中野郁海、日南田顕久、竹村晋太朗、柏木明日香、丹羽愛美、長谷川桂太、日置翼、藤島望、石川耀大、黒田ひとみ、八上紘、浦谷賢充、奥住直也、佐松翔、YAMATO
  • 作・演出・殺陣:竹村晋太朗(劇団壱劇屋)
  • 衣装デザイン:車杏里

公演感想

※ネタバレを含む内容になります。ご注意ください。

考えるな、感じろ

五彩の神楽、四神楽目となる『戰御史』。初見の感想は「今までで一番難しい」でした。
台詞のないワードレス殺陣芝居。毎回、初回は物販で購入できる台本を読むことなくそのままを受け止めるようにしているのですが、途中で「わかるようなわからないような……いやわからんな!?」と迷子になってしまったのです。
『心踏音』のときも、パパの鈴から逆再生まで「???」が続いていたのですが、『戰御史』はさらに早い段階で「?????」となった感じ。

で、ピンクの狂人がヒャッホーしているあたりで考えることを止め、感じることにシフトチェンジ。
その結果、「なんだこれすごい」「めちゃくちゃテンション上がる」「体力おばけの集団か」という小学生みたいな感想しか出てこなくなりました!それはそれで楽しい!
特にオールスター戦のバキバキの殺陣が凄まじくて。一言で表すなら、リアル大乱闘スマッシュブラザーズ

その勢いのまま最後まで駆け抜けるかと思えば、余韻を残す終わり方をするわけですよ。
そんなの、やっぱり理解したくなるじゃないですか。だから二回目は台本を読んでから挑んだわけです。

なーーるーーほーーどーーーーー!
ぐんと上がった解像度に、また違った角度から物語が見える……見えるぞ!と一人興奮してしまいました。

自由度の高さ

ここで誤解してほしくないのが、「初見でわからなかった」のがネガティブ要素ではないということです。
正確には、「わからなくてもいい」んです。だって、ワードレスだから。観た人の数だけ解釈があっていいし、台本からすべてが読み取れるわけではない。
どう観るかは観客に委ねられている。

細けえことはいいんだよ!と殺陣の手数の多さ多彩さを楽しむだけでもオッケー。
最初から台本を読んでだいたいの筋を掴んでから観るのもオッケー。
そして、初見の感想と台本を突き合わせ、答え合わせしながら次の観劇に臨むのもオッケー。
何もかもが正解なんです。たぶん。

だから、複数回観ないといけないわけではない。
けれど、複数回観るともっと楽しい。

そんなふうにわたしは受け止めています。
そしてそれが二神楽目の『賊義賊』の時点でわかってしまったので、最低でも二回観たい!と思ってチケットを取ることにしたのです。
少し前に、「日本の演劇ファンは作品ではなく推しを観るために観劇している」的なお話が話題になりましたが、五彩の神楽の場合は純粋に作品を楽しんでいます、わたし。
きっかけは推しである牧田さんが『憫笑姫』に出演されたことではありますが、推しが出ていなくても楽しいし、次も観たいって思わせてくれるんですよ、壱劇屋さん。むしろもはや劇団箱推し。客演含め、みんないとおしい。

シンメって推せるよね

ちなみに『戰御史』は、劇団壱劇屋東京支部の劇団員のお二人、おかむーこと岡村さんとこばーんこと小林さんがダブル主演を張っているわけです。
演劇を始めた時期も同じ、壱劇屋に入団した時期も同じ、東京進出してきたときにはしばらく二人で同居していたというエモエモエピソード満載なおかこばコンビ。
オタクはね、ニコイチでシンメでバディに萌えるんですよ(バカデカ主語)。

誰より知っているけれど、誰より互いをライバル視している二人が、ダブル主演。
しかも、バチバチにやりあっちゃう。
そんなん好きすぎる。

で、本編の話に戻るんですけど、おかむーさん演じる表助が、嵐の中で駆け込んだ屋敷で、こばーんさん演じるろうそく男に出会うわけです。
表助は「実直」という言葉が似合う感じの男。そして、ろうそく男は掴みどころのない笑みを浮かべた不思議な存在。
この対比がまた天才すぎるわけです。
おかむーさんの殺陣は重みと勢いがある。こばーんさんの殺陣は速さと跳躍力が凄い。
この対比を役に落とし込んでいるのがまたたまらないわけです(語りすぎて話進まんがな!)。

向かい合い、ろうそく男が用意したごはんを食べる二人。
表助の動きをトレースするかのようなろうそく男の眼差しにゾクゾクが止まらない。
絶対なにか起こるやつじゃん。そもそもよく知らない人が用意したごはん食べちゃだめじゃん。そんなの戻れなくなるやつじゃん。

起こったーーー!!!

突然現れる、無数の武器。
斬りかかるろうそく男。
たまらず握った剣から流れ込む記憶。それは、自分のものではなく――。

夢を見るのは胡蝶か、それとも

手にした武器から伝わる、持ち主の残留思念。次々と過去を追体験してゆく表助はやがて、自分の中にいるもうひとりの男の存在に気づきました。
今まで、幾度となく記憶を飛ばしていた理由がそこで判明するのです。

と同時に、いつも一緒に戦っていた同僚・後助が表助に何をしていたかも知ってしまう……で、わたしも二回目の観劇で気づいてしまいました。記憶を飛ばした直後の表助が、首の後ろをやたらと気にしていることに。
そこ、後助の麻酔銃に撃たれてたんじゃん!!!
これが複数回観ることによって得られる付加価値なわけです。決してわからなくても、物語の本筋には影響しない。けれど、気づくと嬉しい。
一度観ただけでも過不足なく楽しめるようにできてはいるけれど、初見と二回目以降では見える景色が変わっていく。

最初は、単純に表助が主人格で、ろうそく男は裏人格で、とだけ思っていたのだけれど、三回観た今となってはそれも本当に合っているのか??と疑っていたりもします。
たぶんその受け止め方でも間違ってはいないのだろうけれど、それはあくまで表助から見た解釈で。
表助にしか見えないろうそく男の存在を思えば思うほど、足元がぐらつく感覚が強くなります。

過去も、現在も。君も、僕も。
繰り返される人格交代を見ているうちにすべてが混ざり合って、どちらが、いやむしろ誰が「主」なのかわからなくなっていくのを感じました。

ラストシーン、ふたたび剣を交えるふたり。
終わらない戦いの記録。
それが意味するものは――観た人間の数だけあるのかもしれません。
難易度は高いけれど、満腹感もまた半端ない作品でした。

すべてが主人公

わたしが戰御史の中でいちばん好きなのは、やはりオールスター戦と呼ばれるシーンです。
役つきのキャストだけでなく、アクションモブも全員入れ代わり立ち代わり戦い合う総力戦。

竹村さんが演じる顔無しも、佐藤有さんが演じる野武士も、中野郁海ちゃんが演じる女頭領も、日南田顕久さんが演じる狂人も、単体で主人公として成立しそうな「物語」を感じるキャラクターなんです。
それに加えて、12人のアクションモブも、それぞれきちんと強い。名もなき戦士が強いってエモい。
ここまでキャラ立ちしている人々を惜しげもなく使っていく景気の良さもまた、戰御史の魅力かな、とわたしは思います。

そして、光と音と布と……諸々の演出が凄い。
たとえば嵐の中、屋敷に入るシーン。扉を閉める仕草と共に、雨風の音が遠くなるんです。
それだけで、見えないはずの扉が見えてくる。

さらには、稲光の演出。それをきっかけに、怪異が現れる。世界が変わる。
戦いのシーンではレーザービームが惜しみなく使われ、かっこよさにテンション爆上げ。

要所要所で使われる布の演出も、凄まじい。
通り過ぎると、そこに人が増えている。
そう、人間CGの新たなバリエーション。引き出しが多すぎて、竹村さんの頭の中はどうなってるのか不思議でたまらなくなります。演劇界の収納王子か!?

パーツを組み合わせてカウントダウンの字幕を模したり、「戰御史」という文字を作り上げたりと、それ生でやる!?とびっくりしてしまう仕掛けも凄い。
舞台なのに、映画みたい。
でも、舞台だから、迫力がすごい。

シアターグリーンのBIG TREE THEATERって、傾斜が急なので、どこの席から観ても前の座席の人の頭が被らないんですよ。で、傾斜のぶん少し後ろの席でも十分舞台との距離が近い。
感染症対策で最前列は封鎖されているものの、そんなことも気にならないくらいの近さ。前方席にいると、舞台上の振動までも伝わってくるんです。
飛び散る汗の軌跡すら見えてしまう距離で、殺陣以外にも物凄い演出をこれでもかと浴びていると、こちらまで向こうの世界に入り込んだかのような没入感を味わうことができました。

人間が、そこにいる。

戰御史は9.2割が殺陣と言われていましたが、残り0.8割の瞬間の密度もまた、濃いものでした。
小説で言えば「人間が描けている」からでもあるのかな、とわたしは思っています。

言葉もないのに?と思われるかもしれませんが、言葉がなくとも伝わるんです、なぜか。
特に今回、野口オリジナルさんが演じる後助という人物の変化が印象的でした。
何も知らない表助から見た後助は、信頼できる同僚。見知らぬ屋敷にあとからやって来ても、そこにある食事を平然とたいらげ、酒を呑み、腹がくちくなったらそこらへんで寝てしまうおおらかさもある。呑気だけど憎めない人物のように、わたしの目には映りました。
けれど、後助が表助の人格を操作していたことがわかってからは睨めつける眼差しに粘度を感じ、底知れぬ暗がりを持っているように見えてきたのです。
髪を撫で付ける仕草や、剣をすっと抜く仕草がまた、妖しい色気に満ち溢れていて、「こんなのオタクみんな好きじゃん……」と五彩の神楽が始まってから幾度となく去来した思いがふたたび。

そんな後助を、表助とろうそく男が入れ替わりながら戦っていくシーンは圧巻のひとこと。
二人の勢いに狼狽し、必死になる後助も最の高。
体幹どうなってんねんって姿勢から入れ替わる二人もたまらん。
わからなくても、わかってからも、「とにかくすごい」と語彙が消えてゆく場面でした。

憫笑姫からずっと言っていますが、これが円盤化しないことが本当に残念で仕方ないです。
記憶に刻みつけるにも限界があるじゃないですか……。

わたしが石油王だったら良かったのに。
そしたら五彩の神楽再演を映像化して全景とスイッチング映像を同時収録した豪華Blu-ray BOXを作ります。DISC2にはカテコ全回収録、さらにはアフターイベントも収録。さらにはDISC3でバクステ映像やキャスト別インタビュー、衣装撮影風景も入れますね。早期予約特典はメインキャストの衣装アクスタセットとかどうでしょうか??
……書いててめちゃくちゃ欲しくなってきちゃいました。

しかし、残念ながら石油王ではないので、粛々と複数回通うしかないのです。ないのです。
というわけで、次は五彩の神楽最終章『荒人神』です!!

一神楽だけでももちろん、二神楽・三神楽と重ねるごとにその重みが増していくと噂の『荒人神』。
チケットは絶賛発売中!
わたしは牧田さんの舞台『禁猟区』と『荒人神』を掛け持ちして下北沢と池袋を反復横跳びする予定です。

きっと、後悔はさせないから。
ぜひ、これを読んでいるあなたも今年最後のビッグフェスに参加してください!
劇団壱劇屋五彩の神楽『荒人神』チケット販売ページ(ぴあ)