ゆみはりの

弓張の月にはずれて見し影の やさしかりしはいつか忘れん

何かが終わって始まる/柿喰う客 新人単独公演『初体験』感想

公演概要

kaki-kuu-kyaku.com

華々しいデビュー直前に謎の失踪を遂げたメンズアイドル!
事件の真相を探る仲間たちにおぞましい顛末が待ち受ける!?
演劇界の風雲児「柿喰う客」の最新作は新人7名による大乱闘!
「初モノ」な嵐が吹き荒れるトラブル・サバイバル・カーニバル!!

初体験│柿喰う客

公演日程

キャスト・スタッフ

  • 出演:蓮井佑麻、中嶋海央、佐々木穂高、田中廉、山中啓伍、浦谷賢充、沖育美
  • 作・演出:中屋敷法仁

公演感想

はつたいけん

柿喰う客2021年加入の新メンバー7人による、一日限り、一公演限りの単独公演『初体験』。
結論から言うと、一公演限りではもったいなさすぎる濃密さエモさてんこもり。
けれど、一公演限りだからこそ、このきらめきが尊いのかもしれない、とも思えて。配信があっても、現地に行って本当に良かった。

『この作品はフィクションです。実在する人物・団体・事件とは一切関係ありません』
おなじみのこの定型文から始まったステージは、最初からトップギア
リフレインし、重なる声。その不穏さが、たまらない。
『幕が降りれば元通り、何も起きない80分』『君には一切関係ない』――突き放すような言葉に、それでも食らいついていく。

始まりは、10月5日。
芸能事務所「KKKプロモーション」のマネージャーから、有名クリエイター・イケミズケンへの一本の電話。
それは、これからデビューするアイドルグループに関する依頼で。
よくある話のように見えて、そうでないのは裏事情。20名でデビューするはずが、そのうちの1名が行方不明だというのだ。

失踪か、誘拐か、はたまた反抗期の家出か。
他の19名も、彼の行く先は知らない、わからない。

ハツイケンタ。通称「ケンちゃん」。
美少年でもなければ飛び抜けた才能があるわけでもない、真面目がとりえのアイドル候補生。

彼を溺愛する姉、違約金を迫る社長(会長と呼べ)、彼を気遣うマネージャー、子ども食堂和食屋の店員男性、アイドル候補生・コウジ。
それぞれの思惑が複雑に絡み合っていく、80分。
話が進めば進むほどに、時系列と視点とがぐるぐると入れ替わって、自分がいまどこに立っているかもわからなくなって。
その不安定でぐらぐらした心持ちもまた、演出の一環によるものだと思えば、中屋敷さんの手のひらってどれだけ広いんだろうと思ったりなんかして。

何度でも、何度でも

正直な話、現地での観劇一回ではその世界観や構造を完全には捉えきれなかった。
それは意図的なものではないか、という思いもありつつアーカイブ配信を観た。
それでもまだ、わからないところもある。辻褄を合わせきれないところも。
でもおそらく、整合性を求めすぎてはいけない作品なのだと思う、性質的に。

そして、完全にわからなかったとしても、心を震わすことはできる。
そういう発見を得た作品でもあった。

ケンちゃんがデミグラスソースハンバーグを「食べたことないけど好きなんだ」と言うシーン。
その言葉だけで、彼が置かれた状況がぶわっと浮かんでくる。感じることができる。

救われてほしい。
帰る場所が、もうひとつあればいい。
祈りにも似た思いが芽生え始める頃には、わたしも同じ夢を追いかけていた。

依存しあう二者関係の多重構造。
ケンちゃんと姉、ケンちゃんと男、男とコーチ、ケンちゃんとマネージャー。
誰が救える?
誰を止める?

更に速まるセリフの応酬、迎えたかに見えたクライマックス。
けれど戻るところはいつも一つ。
10月5日の電話から。

けいけんずみ

ここから終幕に向かうシーンは、エモさの波状攻撃。
配信ではさらに「そういうことだったのか!」という気づきを得て倍率ドン、さらにドン。

縋る腕、突き放す言葉、ねだる激情。
何度も何度もリフレイン。
あなたしかいないと思うその熱は、幼さの証。
それでも伸ばす腕は、諦めたくない想いの結晶。

息もできないほど激しいやりとりに、どんどんと露わになっていく互いの感情。
叫ぶように、泣くように、言葉を叩きつけ合う。プライドを投げ捨て、魂で殴り合う。
それこそが、たどり着きたい場所だった。
消費される物語も、叶わない夢も、悔いばかり残る過去も、ぜんぶ抱きしめて。

ここから先は今からでも配信で実際に観てほしいので、いでよ「続きを読む」記法
アーカイブ配信は2023年1月22日(日)23:59までなので、ぜひぜひ!→チケットぴあ
※ラストシーンに関する内容になります。未見の方はご注意ください。


蓮井佑麻演じる「イケミズケン」が過去を受け入れ、「ハツイケンタ」として”デビュー”するステージ。
彼のネクタイを直すのが、夢を追いかけ続ける「コウジ」を演じた浦谷賢充で。
ジャケットを着せるのが、かつての「ハツイケンタ」を演じた山中啓伍で。
最後に、ケンタが巨大感情を寄せていた「和食屋店員」を演じた中嶋海央がマイクを渡す、というこの演出に、震えるしかなかった。

そして流れるイントロ、曲はV6の『愛なんだ』。
――選曲が神。

執着も憧憬も未練も嫉妬も献身も、そのすべてが愛だった。
完全なる虚構、終わった夢、願望が見せた幻覚。
すべてを包むのはやっぱりでっかい「LOVE」だった。

たまんねえな!(by和食屋店員)

柿喰う客の公演を生で観たのはこの『初体験』が初めてだったのだけれど、とてもかけがえのない体験ができたと思う。
続く『禁猟区』は自分が可能な限り通おう、という決意が生まれた日でもあった。

物語を「消費」するということ

奇しくも『初体験』の公演前日に、King&Princeの一部のメンバーが脱退・退所発表を行ったこともあり、観劇直後は「アイドル」という文脈について考えを巡らせていた。

「推し活」という単語が浸透するようになった昨今、誰かを応援することがキラキラした趣味のように受け止められている。
けれど、お金を出して他人を消費するのはグロテスクなことだな、と改めて感じた。

特にアイドルは、その人そのものに近いものを求めることになる。
俳優や声優は演じている「役」を通して見ることも多いけれど、アイドルはいつだって素のまま(のように見える状態)だからだろう。
たとえアイドル本人が「アイドルの自分」と「素の自分」とを分けていたとしても、ファン側からはその違いなんてわからない。
ほんの一部分しか見えないはずの「推し」に、何らかの物語を見出して狂う。

物語は、自然に生まれるものだけではない。演出され、作り出されたものの可能性だってある。
行方不明になった少年のエピソードが、グループのデビューの話題作りに利用されたように。
天然だろうと作為的だろうとそんなことはきっと、「推し活」という括りの中ではどうでもいいことで。
ドラマチックなエピソードがあればあるほど、ファンは偶像を狂信的に崇める。

「エモい」「尊い」と賛美し、「推ししか勝たん」と祀り上げる一方で、物語にそぐわぬ言動・行動があれば容赦なく引きずり下ろす。
今まで積んだCDを叩き割ったり、束になったブロマイドを燃やしたりする。
これだけの対価を支払ってきたのに、時間を捧げてきたのに、どうして神でありつづけてくれないのか、と詰る。

けれど、すべての少年少女が、誰かの神になるためにアイドルを目指したわけではないだろう。
そこでしか生きられなかったから、そこで生きることしか求められなかったから、生き残るためにはアイドルになるしかなかった。
そんな人たちも少なくはないのだろう。

姉に求められたケンタのように。
家族に応援されているコウジのように。

そして、ケンタは逃げ出した。
コウジは燻りながらも戦い続けた。
そんな彼らの夢の亡骸の上で、歌い、踊り続けるトップアイドルたち。

『初体験』は男と男のロマンチシズムからなる、「エモい」作品だったとわたしは感じた。
けれどそのまま手放しに「エモい」と称賛していいのか、という迷いもある。
ハツイケンタ=イケミズケンというからくりがわかっている状態で配信で見返すことで、その迷いは強くなった。

どんな感情をそこに見出したらいいのか。
考えずに、そのまま受け止めたらいいのか。
まだ、結論は出せない。

配信期間が終わるまであともう少し、考えてみたいと思っている。

キャスト別感想

  • ローズ担当:蓮井佑麻さん
    • クライマックスに向けて繰り返される『この作品はフィクションです』からの独白のシーン、照明の演出もあいまって壮絶な凄みと色気を感じた。
    • 自分のことなのに他人ごとのように語るところが、より狂っているように思えてぞくぞくする。
    • 啓伍くんとのデュエット、尊すぎて語彙が消えた。
  • ブルー担当:中嶋海央さん
    • 声がいい。とにかくいい。聞き取りやすくパワーがあって、すべてを委ねたくなる包容力がある。一緒にロマンチックを追いかけたい。
    • いい声で高らかにネタバレされたら何も言えなくなるな!
    • 救う側の立場に見えて、本当は彼も救われるべき人だったのだろうな、と思う。
  • イエロー担当:佐々木穂高さん
    • 『ヘイそこのシティガール』は声に出して言いたい日本語。わたしもシティガールになりたかった。
    • メタ的なシーンで登場することが多かったせいもあるけれど、穂高さんの持つ雰囲気は、張り詰めていた場の空気を適度に緩めてくれる効果があるように感じる。
    • ラップ最高。
  • ピンク担当:田中廉さん
    • 面倒見がよくて、一見まともそうなのに、普通に狂っているのが怖い。
    • エンディングは歌い出しだったし、アフト(アフト?)でもソロ曲を任されていたので、ハートの強い人だと勝手に思っている。一番アイドルっぽい。かわいい。
    • 公演前はローズ単推しかなあと思っていたのだけど、観たらローズとピンクのニコイチで推したくなった。むしろもう箱推し……。
  • ベージュ担当:山中啓伍さん
    • 静かな狂気。『食べてくれるんですか?』の言い方が本当にたまんねえな!
    • 静から動への移り変わり、感情の発露が鮮やか。
    • 少しずつ佑麻くんとひとつに重なっていく感覚がぞくぞくした。別々に喋っているのに、「ハツイケンタ」として二人が同じかたちを結んでいくのが見えた。
  • ネイビー担当:浦谷賢充さん
    • この役、この人にしかできないでしょ、と思った。でも、乱痴気公演も観てみたい。他の役をどう演じるかいちばん気になる人。
    • 右足だけ裾が短いのは、誰の発案だったのか、気になりすぎて夜しか眠れない。
    • 壱劇屋の五彩の神楽を追っていた身としては、『初体験』(11/5)の稽古と『戰御史』(11/23〜)の稽古を並行してこなしていたことに驚きしかない。凄い。
  • 水色担当:沖育美さん
    • 目が凄い。あの視線だけでお姉ちゃんのヤバさをバキバキに感じた。
    • 高音で遠くまでよく届く声。速くても一語一語しっかり聞き取れるのが凄い。
    • メタ的なシーンで『この作品は』って言い出すところがかわいかった。このシーン、大好き。